きょう通勤の途中、いつも使っているウォークマンで音楽を聴いていたのだが、ふと思い立って吉田拓郎の「ローリング30」を聴いてみた。

「ローリング30」は吉田君が、北海道の神居岩に開拓した13cのルートの名前でもある。彼が、初登に向けてこのルートをトライしていたとき、何度かビレーしたことがあった。例によって長いハングドッグで、夕方、暗くなってから岩場を一緒に下山したものだ。当時、ルート名の由来を彼に尋ね、彼は「吉田拓郎の曲の名前だ」とだけ答えた。私は、その曲を聴いたことがなかったが、彼がルート名に込めた意味は推測できた。「ローリング」といえば、ボブディランのライク・ア・ローリングストーンとか、ローリング・ストーンズが思い浮かぶから、転がり続ける石、常に前進を続ける生き方という意味だと思った。当時、私たちは30代になったばかりだったと思う。今思えば笑ってしまうが、当時は、クライマーとして、30代になるとあまり先がないというような焦りに似た気持ちがあった。このルート名に込めた気持ちは、30代になってもまだまだやるぜ、というような意気込みだったのだろう。

 

ことし7月下旬、吉田君が肺がんで入院したという知らせを聞いて、私は急遽、北海道・富良野の病院に見舞いに行った。そのときに、何かお見舞いの品を持って行こうかと考えたときに、思いついたのが吉田拓郎の曲を聴かせてあげることだった。本も考えたが、症状が重いと読むのもかなり体力を使う。音楽をすこし聴くぐらいならできるのではないかと思った。どのアルバムがいいのかよく分からなかったが、彼がルート名にしたローリング30が入っている、同名のアルバムを買って、私が以前使っていたウォークマンに入れた。そのほかにも、井上陽水など彼が聴くかもしれないアルバムとか、気持ちを安らかにできるようなクラシックとかを入れた。

7月30と31日に見舞いに行って、そのウォークマンと充電コードなどを彼にあげた。「吉田拓郎のローリング30が入ってるよ」というと彼は、「そうか、じゃあ、さっそく聴いてみようじゃないか」と言ってすぐ聴きたがった。iPodとかは使ったことがないみたいで、「最近はこういうので聴けるんだ」などと言っていた。最初は操作にとまどっていたが、すぐ覚え、ローリング30を聴き出した。ベッドの背もたれを起こし、それに寄りかかって聴きながら「これは勇気づけられる」と言った。それからけっこう長い間、彼は目を閉じ、小さな声で口ずさみながら聴いていた。

 

あの日のことを思い出しながら、またこの曲を聴いていると、この歌が、彼の心に響いた訳が分かるような気がする。この歌詞の内容は、彼の生き方とそっくり重なるように思えるのだ。「なまぬるい日々に流される者よ 俺だけは違う身を切って生きる」なんていうところとか。聴いていて思わず目頭が熱くなってしまった


歌詞の全文転載は違法らしいのでここには載せないが、検索すればすぐ見つかるので探してみてください。